子どもの頃、私は毎日のように時を忘れて何時間も鉛筆だけで絵を描いていたものです。題材は何でもよかった。単純な線からお人形さんまで何でも繰り返しsただ描き続けていました。当時、私は喘息を患っており、室内で過ごすことが多かったため、絵を描き始めました。幼いながら、私には自分の感情、特に悲しみや外で遊べない不満などを表現することを、絵に求めたのです。


 幼稚園の先生が私たち園児に絵の具の使い方を教えてくれた時のことを、私は今でも鮮明に覚えています。色を混ぜ合わせ、私の手のひらの上で新しい色が次々と生まれてくることに、私は心から驚き、興奮しました。私はすっかり水彩絵の具のとりこになってしまいました。色とまさに"恋に落ちた"という感じでした。私は初めて"色"を使って絵を描くことで、純粋な喜びを味わうことを体験したのです。それ以来、絵を描くことは、私にとって楽しみであり、大切なことになりました。

 1998年12月、英国スコットランドにあるインターナショナルコミュニティ、フィンドホーン財団を訪れました。ここでのいくつかの興味深い経験を通して、私の生き方、人生そのものが変わりました。99年7月に受講した"Healing through Art"というコースも、そのうちのひとつでした。私はまるで子どもの頃に戻ったように、絵を描くこと、何かを私の手で創り出していくことに夢中になりました。私の絵、アートに対する情熱が再び扉を開いたという感じでした。私は早朝から夜遅くまで絵を描き続けました。そのコース自体が持つ本当の意味をよく理解しないままでしたが…。

 私はまた、その年末に"Essence of the Arts"というコースを受講しました。私はグループの中にいることになじめず、感情面ではかなり苦しい思いをしましたが、アート面ではOil Pastel(クレヨン)に秘められた可能性を発見しました。それまで私は、クレヨンを自分のアートに真剣に取り入れたことはありませんでしたが、クレヨンを使ったさまざまな技法−色を混ぜ合わせる、色の層を作る、その積み重なった色を削るなど−を試し、その可能性の広さに心が躍るような思いでした。クレヨンは、感情的な苦しさを紙の上で表現するために最適の題材でした。それが、結局はクレヨンを自分のアートワークに取り入れるきっかけになりました。絵を描くことが感情を感じ尽くし開放するための有効な手段となるということを、身をもって知ることになったのです。そしてまた、子どものようにアートを楽しむことを再び思い出させてもくれました。

 その後半年ほど、フィンドホーン村に滞在し、何をするでもなく日々を過ごし、2000年9月、私は再びフィンドホーン財団に移り住みました。私はジュリア・キャメロンの著作"Artist's way"を読み始め、3ヶ月以上、その書の中にあるエクササイズのひとつ、日記をつけること"Morning pages"を続けました。それは私にとって、以前にも増して自分自身を意識して生きるために役立ちました。と同時に、アーティストとしての自分を意識し始めるようにもなりました。 2003年3月、"the Foundation Year Programme(FPY)"というフィンドホーン財団独自の1年間のコースを始めました。私の年間の通しての目的は、「アートを通して、本当の自分自身が何者かを知り、それを表現すること」。私はその1年を通して、アートすることを心に固く誓ったのです。

 私は一度、アートワークを追求していく中で、大きな壁にぶつかったことがあります。私は自分の作品に、自分を超えた何か−スピリット、神−を表現しようとしていました。そして、絵が全く描けなくなってしまったのです。ちょうどその頃のことです。「神との友情」(二―ル・ドナルド・ウォルシュ著)を読み始めたのは。その本の中の「私は、生命そのものである。生命は、神そのものである」という言葉によって、私の中にあった迷いが消えていきました。神聖な絵を創るために聖人君子である必要はない。生命が神であるのなら、このままの私はすでに神であるのだから、私自身をただ表現すればいいということに気づいたのです。私は再び、絵を描くことができるようになりました。そしてFPYの1年間の締めくくりとして、最後に個展を開きました。
その上、アートが癒しを与えてくれるすばらしい道具であることも見つけたのでした。

 いま、私はたくさんの気づきを与えてくれたこのフィンドホーンにとどまり働きつつ、絵を描き続けています。

 なお美